──『AK380』は以前からお使いになってるんですか?
「前に持ってたのは『AK240』だったんですよ。『AK240』は音はすごく良かったんですけど、DSD1bit/5.6MHzまでしか対応してなくて、11.2MHzは聴けなかった。今回クラムボンの旧譜をリマスターして、CD、24bit/96kHzのPCMハイレゾ音源とともに1bit/11.2MHzのDSD音源もリリースしたんです。そこで『AK380』をお借りすることができて、毎日聴きまくってます」
──音はいかがでした?
「いや〜〜〜(ため息)、抜け出せない感がすごいですね。もはやここまでくると視聴メディアというよりは、携帯型オーディオ・ルームになっちゃうというか。もう……どこから手をつけたらいいんだろうってぐらいのスペックの深さというか広さを感じます」
──確かに。
「音的には、『AK240』に比べて、もっとワイドレンジになっている気がします。そしてどっちかというと『AK240』の方がストレートというか。『AK380』の場合は画角が大きすぎて、画角の幅が見えない。聴いてる音源によって画角がどんどん変わっていく。そういう際限のない画角感、しかもこういうポータブルのメディアでは聴いたためしがない」
──それは広がりがあるとか立体的である、という言い方もできるわけですか。
「そうですね。上下左右前後際限なく広がっていく。音場の幅が見えないんですよ。『AK240』では(目の前に長方形を描く仕草)画角が正面にあって、奥行きと幅がスクエアな状態で決まっている。でも『AK380』では目の前に半球状の音像が広がっている感じ、というのかな。しかもその球の幅や奥行きがソースによってどんどん広がっていく感じ」
──機器が聴こえ方を制限するのではなく、音源によっていくらでも聴こえ方が変わってくる。そういう許容量がある。
「そうそうそうそう。そういうの、あまり聞いたことないんですよね。モノによって全然違う。それこそ11.2MHzとか聴いちゃうと、どこまで伸びていくんだと。そういう気持ちにさせられますね」
──クラムボンのリマスターですが、24/96のPCM音源と、11.2MHzのDSD音源、『AK380』で聴き比べはなさいました?
「しました、しました。やっぱりPCMはPCMの音がしてるんだなっていうのが、すごくよくわかる。一番わかりやすいのは、ギターの弦の鳴り方。PCMだと独特のパリッとした感じがある。DSDは、どちらかといえばアナログに近い。粒子の角が立ってるPCMに対してDSDは丸みがあるというか。もうちょっと細かくてまろやかな音がする。その微妙な違いが、『AK380』ならわかる感じですね」
──マスタリングの時はマスタリング・スタジオの大きなスピーカーで聴くわけですよね。『AK380』で聴く時と、何が違いますか。
「スタジオで聴く時って、部屋も鳴らしてるじゃないですか。『AK380』で聴くのは完全に密閉空間ですからね。空気振動の幅が全然違う。容量も違うし。スタジオのリファレンス・スピーカーで聴くのって空気を、部屋を鳴らしてるってことだから。可能な限り部屋を鳴らさないようにしているのがスタジオなんだけど、それでも部屋の音がするんです、どのスタジオでも。でも『AK380』はそういうのがまったくない」
──聴く側の環境に左右されないフラットな音である。
「うーん、でもそれをフラットと言うべきなんだろうか、というのもある」
──ああ、そもそも「本来の音」ってなんだ、という。
「そうそう。そういうことです」
──ミュージシャンにとって、これが自分の意図した音だと言えるのは、マスタリングを終えた時のスタジオで鳴っている音ってことになるんですか?
「ええと……その平均、ですね。ヘッドホンでも聴くし、イヤフォンでも聴くし、ラージ・モニターでも聴くし、スモールでも聴くし。どのデバイスで聴いても平均的に、聴こえてほしいものが聴こえてる、という状態にもっていくのがミックスなんですよ。なので『これ(で聴くの)が最高』ということになると、それは好みになっちゃう。個人的な好みを作品のミックスに押しつけるつもりはまったくないんで」
──こういう状態で聴いてください、とか、こういった環境で聴くのがベストですよ、というのはない。
「ああもう、まったくないですね。オーディオが好きになってから、その傾向はより強くなりました。もはやアナログ(ヴァイナル)に関しては、高い機材で聴く必要性はない気がしてて。アナログってやっぱりハーモニック・ディストーションなんで、どこで聴いても『ここ』ってところの旨みだけがしっかり聴こえるのが良さだと思うんですよ。機械が高かろうが安かろうが、旨みは平均的に全部同じ。CDやハイレゾは、それをもっと自分の好みの方向に近づけることができる。それは価格に比して情報量が一杯あるから」
──ハイレゾ音源の方が情報量が多いから、聴く時の環境によって、聴こえ方が少しずつ変わるし、どこにフォーカスするかは聴き手次第であると。
「そうですね。好きにもっていけると思います。『AK380』で聴くDSDって、もちろんスペックはとんでもなく高いんです。でも聴きたいところにチューニングを持っていきやすいのが一番面白いところなんです。アナログはそんなにレンジが広いわけではないんで、どの機種で聴こうが旨みは変わらない。DSDは膨大な情報の中から、自分の好きなところにチューニングできる。だからこれだけたくさんインイヤー(のイヤフォン)を持ってるんですけど」
──ああ、なるほど。イヤフォンによって『AK380』の聞こえ方もだいぶ違うわけですね。
「全然違いますね!(笑)びっくりするぐらい。リケーブルとかし始めたら、もう戻れないです(笑)。戻りようがないっていうか(笑)」
──聴くソースによって使い分けている。
「使い分けますね。この音源にはこのイヤフォン、みたいな」
──据え置き型のスピーカーではそんなに気軽に替えられないですからね。
「うんうん。スピーカーだと、まずスピーカー台から始まり、インシュレーター、スピーカー・ケーブル……いろいろ関係してきますから」
──最終的には部屋の鳴りも関係してくる。
「そうそう。オーディオって最終的には部屋をどこまでキレイに鳴らせるか、だと思うんで」
──だからオーディオ道楽の最終地点て、家を建てるところまでいくわけですよね(笑)。
「そうそう。電柱建てるとかね(笑)」
──でもポータブル・プレイヤーとイヤフォンなら、そんな苦労をせずに済む。
「そうですね。以前のポータブル機器って、『ポータブル』といってもガジェット感が強かったと思うんです。でもここまで来ると、本格オーディオが本当にポータブルになった感じがしますね。究極的な意味で」
──ミトさんはどういう環境で使っていることが多いんですか。
「私はいろんな状態で聴いてますよ。DAC代わりにも使うし、モニターアンプとしても優秀。これで聴くのがモニター的には一番まともでしたね。A/D機能は私が持っている機材の中で一番優秀なので、これを経由してProToolsに録音したりしてました。『AK380』はミニ・ジャックだけど、情報量は格段にこっちの方が多いんです」
──先日発売されたツアー会場限定EP『モメント』でも活躍しました?
「モニターとして活用しましたね。24/96にダウンコーバートしたときの状態を確認するにはこれが最適なので」
──制作においてももはや欠かせないツールになっている。
「そうですねえ。ポータブルとして使うにはスペックが規格外というか。もはや音楽制作の現場で標準的に使われているオーディオ・インターフェイスと同格か、むしろそれを上回ってますからね、A/D、D/A的な機能でいうと。録音の際のDACとしてはもう手放せないですね」
──音楽観賞用のツールとしてはどうですか。
「素晴らしいですよ。僕はスクエアプッシャーが大好きで、特に『Ultravisitor』ってアルバムが一番好きなんですけど、CDをリッピングしてこれで聴くと凄いんですよ。とにかく解像度が高いから、『あ、こんなスーパー・ローがいたんだ』と驚かされますね。分離の良さも際立つし、すごいですよ、これ」
「32bitのDACなんで、16bit音源を余裕でドライブできるんですよ」(スタッフ)
「なるほど。オーバーサンプルがしっかりとれてるんだ」
「だからCD音源を聴くとむちゃくちゃいいですよ」(スタッフ)
「いい! 感動しますよね。これで愛聴のCDを聴くと、アガりますよ」
──『AK380』の専用ヘッドホンアンプを装着して使ってらっしゃいますね。アンプをつけると音は変わりますか?
「だいぶ変わりますね。馬力が違う。レンジの底なし感がよりわかりやすく出てくる。これをつけた音を聴いたあとに本体だけで聴くと、どこか物足りないんです。何かを足したくなる。アンプを装着すると、いきなり床が抜けて底に落とされるというか。足元がおぼつかなくなるぐらい(音場が)広いので。密度の量がすごいんですよ。キックドラムが「ドン!」、と鳴ると、そのアンビエンス音の余韻が際限なく広がっていく。リバーブ回り、エコー回りのリフレクション(反響)の広がりと密度の量が格段に違うんですよ。ホールで鳴らすようなアンビエント感がある。その表現の仕方が独特で」
──スピーカーでは味わえない世界。
「そうそう。新しい聴き方を提示するものかな、と思います。特に『AK380』とインイヤーのイヤフォンが作る世界は確実に新しい体験だと思いますね。昔の携帯プレイヤーの時代はインイヤーのイヤフォンってなかったでしょ。カスタム・イヤフォンの時代になって、確実に自分のカラダと音楽が直結するようになった。限りなくほかの空気抵抗を遮った状態でね。部屋とか、そういうものと干渉しない状態で聴けるようになった。それはちょっとした新しい音楽の聴き方だと思うんですよ」
──なるほど。
「最近面白い話があって。全然音楽の経験がないタレントさんがいて、その人が何かのタイミングでオーディオにハマったらしいんです。インイヤーのイヤフォンを使い始めたら、突然その人の歌のピッチがすごく良くなったらしいんですよ。こういう良い機器で聴き始めたら、それまでちゃんと聴いてなかったぶん、音楽ってこういう風に鳴ってるんだって気づいたわけですよ。音の瑞々しさとか音楽の機微とか微妙な味わいとかそういうものを、ポータブル・プレイヤーとインイヤーのイヤフォンで初めて知った。そうすると、自分で表現するときも、そういうボキャブラリーが出せるようになった」
──良い音で聴いたからこそ、音楽のデリケートな魅力を知ることができて、それが自分の歌にもいい影響を及ぼした。
「だからそういう人こそ、この『AK380』で聴いたりすれば、もっともっと巧くなると思うんです。ちょっとしたショック療法ですよ。逆に今まで普通に楽しんでいた曲も、これで聴くと実はピッチが悪いことに気づいて聴けなくなっちゃう、みたいなこともあるかもしれない」
──ほかの機器なら曖昧にしてしまう微妙なピッチのズレなども、『AK380』はシビアに暴いてしまう。
「僕自身、実際にそういう経験ありますもん。この音源大好きだったのに、こんなにピッチが悪かったんだって。そこが耳につき始めると、もう聴けなくなっちゃうんですよ。ああ、これで聴かなきゃ良かったかも、と(笑)」
──でもそういう音楽もあっていいわけですよね。
「全然いいんですよ。どんな音楽であれ、向き不向きはあると思いますから。ただそれが推し量れるスペックを持ってないと、そもそも話にならないから」
──そういう意味で『AK380』の音はまさにリファレンスとしての価値がある。
「楽器でもそうですよ。ヴィンテージと言われる何百万とするような往年の名器は、誰が弾いてもいい音で鳴るし、巧く聴こえる。どんなヘボいギタリストが弾いても、ハッとするようないい音がするんです。その音に導かれて、本当に巧くなっていく。いいプレイヤーになるためにはいい楽器を選ぶのが鉄則。オーディオも同様に、『良い音』で聴いて『良い音』を知るのが大事で。そのために『AK380』は最強のツールだと思いますね」
(アーティストプロフィール)
ミト:95年に結成されたクラムボンのベーシスト。クラムボンとして、99年にシングル「はなれ ばなれ」でメジャー・デビューを果たす。15年3月リリースの9thアルバム『triology』をもって、再びインディーズへと活動の場を移す。16年5月12日より「clammbon 2016 mini Album 会場限定販売ツアー」の追加公演がスタート。5月12日(木)東京・恵比寿 LIQUIDROOM、5月16日(月)大阪 BIG CAT 、5月17日(火)名古屋 CLUB QUATTROの日程で行われる。
(インタビュアープロフィール)
小野島 大:音楽評論家。9年間のサラリーマン生活、音楽ミニコミ編集を経てフリーに。『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『ROCKIN' ON』『ROCKIN' ON JAPAN』『MUSICA』『REAL SOUND』『週刊SPA!』『ナタリー』『CDジャーナル』などのほか、新聞雑誌、各WEB媒体などに執筆。著書に『NEWSWAVEと、その時代』(エイベックス)『音楽配信はどこへ向かう?』(インプレス)など、編著に『フィッシュマンズ全書』(小学館)『Disc Guide Series UK New Wave』(シンコーミュージック)など多数。オーディオに関する著述も多い。